【ショートショート】記憶の力
俺は目を覚ました。
とても長い夢を見ていた気がするが一瞬だったような気もする。
その夢は怖かった気もするが、何の変哲も無い日々であった気もする。
なんとも不思議な気分だ。一体何だったのだろうか。
まぁいいかと俺は仕事へ行く準備に取りかかった。
いつも通り妻が作ってくれた朝ご飯を食べ、子供達とたわいもない会話をしながら仕事の支度をした。
そして俺はネクタイを締めて外へ出た。
久々に日を浴びた気がする。いつも通りの道を歩いて仕事場へと向かう。
大きな国道沿いの道に出た。
相変わらず人通りの多い道だ。
どうしてこうみんなこの道を通るのだろうか。
俺が出勤する時間帯と違う時間にこの道を通れと自分勝手に思ってみたりする日もある。
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俺は仕事が終えた。もう日も暮れ真っ暗である。
いつも通りの仕事を終え、妻とかわいい子供達と冷えたビールの待つ家へと向かう。
仕事終わりに一杯が待ってると思うと自然と足取りが軽くなるものだ。
このために仕事があるといっても過言ではない。
仕事終わりのサラリーマンやOLと同じく帰路につく。
ちょうど大通りのスクランブル交差点にさしかかった時である。
この時間は人が多い。
ひとたび信号が青になると思うように渡れないのだ。
スクレンブルの名も伊達で無い。
混み合うのがいやなので俺は前の方を陣取っている。
渡りだして少しした頃、対角線上の横断歩道からなにやら悲鳴が聞こえた。
とても大きな声である。
そしてそこから磁石が反発するように人々が分かれた。
叫び声は人々に伝播し、そして人が割けて叫び声の正体が分かった。
通り魔である。
どうやら無差別に人を刺しているらしい。
そこにはすでに刺されて倒れている人が数人いる。
俺は先頭にいたから気付けているがまだ何が起こっているのか分からない人も多いようだ。
俺は向きを変えて通り魔とは反対方向に歩き出した。
自分の命を守るのが最優先である。俺には返る家があるのだ。
そう思い歩きだしたときである。
俺の目の前の人々が俺を見て口々に何かを叫びながら走って逃げているのである。
何が起こっているのだろうか、
俺も危険を感じ少し駆け足になろうかとしながら後ろを振り返ったその瞬間、脇腹に激痛が走った。
思わずその場にうずくまってしまった。
どうやら通り魔は運悪くこちらに向かって走ってきていたようだ。
容赦なく刃物を振り上げてもう一刺し俺に加えようとしている。
どうやら俺もこの交差点で被害に遭った1人になってしまうらしい。
今晩のニュース速報にのってしまうのだろうか。
家で帰りを待つ家族はどうなってしまうのだろうか。もう二度と会えないのか。
愛する家族との日々はもう二度と送れないのだろう、増していく脇腹の痛みに耐えながら消えゆく意識の中、思い出すのは子供時代の思い出や母親や父親、家で待つ家族のことばかりであった。
なぜ俺なのだろうか。
腐るほど人がいるこの時間の交差点で、なぜ俺なのだろうか。
言っちゃ悪いがもっと狙いやすい人がいるだろう。
老人や塾通いの子供、OLもいっぱいいただろうに。
自身の不運を憎みながら通り魔の一刺しを受けた。
消えゆく意識の中、通り魔を憎みながら俺は生涯を閉じた。
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「これで2人目か」
「そうですね。あの交差点で通り魔にあった会社員の方です」
「ふむ。あと何人だ」
「最初に刺されたOLとその近くにいた小学生が2人、買い物中の主婦が1人です」
「なんとも痛ましい事件だ。まだまだかかりそうだな」
「はい。遺族から頂いた事故の日の記憶と被害者の人間関係や記憶をインストールするのにさらに時間がかかります」
「長丁場にはなるが根気よくいこうじゃないか」
「もちろんです」
「けどまぁよくこんなことを思いつくものだな、最近の弁護士は」
「ですね。被害者の事件の記憶を追体験させることで同じ精神的苦痛を与えてしまうとは。」
「うむ。そして心神喪失している容疑者の感情に訴えかけて判断能力を取り戻そうとしてしまうとは。」
「なんとも画期的な方法ですね。」
「容疑者には次に事件に遭った小学生の記憶を体験してもらおう。準備を頼む。」
「分かりました」
そうして助手は容疑者が眠るカプセルを制御するコンピューターに新たなデータを加えた。
「教授、次の追体験は3時間後になります」
「分かった。でもかわいそうなものだな。この機械さえなければ心神喪失で執行猶予がついたかも知れないのに」
「当然の報いですよ教授。私たちの発明が人々の役に立っているのです」
「そうだな。正しい道に使われていると信じたいね」
そう言いながら2人は制御室を後にした。